日記:文は剥がれ、(家族と場所)

タイトルは中学生のとき読んだ現代詩のもので、毎日新聞の書評に載っていたような気がする。

昼間に日記を書くのはわたしが禁治産者か無職かあるいは人のプーかの三択の内から端を発しているが、編集のえらいおじさんがわたし以外のための花を買ってくるまでの一時間半のあいだにこの日記は書かれます。

上島珈琲店のモーニングセットのねばっこいバタートーストを紅茶で嚥下している、先刻は子供がめちゃくちゃにはしゃぎ回ってぬいぐるみを振り回していた家があった。高校時代の記憶を反芻するだけのあわれないきものになってしまったので(なにが、ので、だ)、エントランスからの動線としてリビングが中心になければ家族間のコミュニケーションが取れないとさいしょに決めたのは誰だったのだろうかと思い出している。思えば我が家のばあいは築四十年以上の木造住宅だったので、となりの家のモラハラ気味な婆の鳴らす三味線の音とベースギターでセッションができるくらいには壁が薄く、また、たしかにエントランスからの云々という話でいうと玄関からわたしの部屋である二階が直結しておりそれはつまりメシ以外は親と顔を合わせなくてもよいということを表している。世間は悲惨で、実家住まいのすのこベッド四畳暮らしやプライバシーの消滅した居室を有するこもごもがあふれてはいるが、わたしのばあいは万年床と弟の麻雀の音があるいは生家の原体験として残っている次第です。家という記憶がある。考えてみずともそれは場に残留していた書物やCD、そして多くの老廃物によって構成されている。精神衛生という面でエリクソンのいっていることは至極正しいとわたしは思っているので、住環境がある呪いとして人に作用することは理性のみではどうも撥ね付けられない事柄であると感じます。生活のリズムは神を賛美するためのフーガの片方であり、それは他者-わたしの二項対立かあるいは世界-わたしの拮抗する戦争状態にほかならないわけです。ボルヘスの短編ではくじで互いを使役したり支配したりする環境が描かれていたが、まさにそうした偶然性と互いの領土関係の契約の根源的な様相としての家がある。こどもがたとえば親の残虐さによって発生する偶然性だとすれば、その場にも暴力的なまでの偶然性というのが作用しているわけであって、中国のことわざでは前世の婚姻関係や契約関係が現世に表出するというロマンチックなものがあったはずだが、そうした必然への回収がこどもと場に対しても行われる。家父長制の重圧だとかではなくて、これは家族がそして家が物語を必要としないと成り立てない、あいまいだけどすごく強すぎるなにかであるということだ。誰かがきっといっているだろう。インターネットで「呪い」がまことしやかにその効力をささやかれ始めても、地方ではいまだにトタン小屋でマジで暮らしている百キロ近くの肥満児がいることは事実であり、ここ数日の田園都市線の遅延のごとくかれらが「呪い」に気づくにはあと数年は待たないといけない。家に根ざしたホラーこと呪怨が時間性を何度も往復できたのは、家族の系譜とは先述した中国のことわざのごとくある種即物的な空間性や肉体性によってはじめて成り立つからであって(あの場合は恋人という関係性だ)、会わなくなった家族は力場を失い「気心の知れた友人」や「なぜか毎回ごはんを作ってくれる人」に変質してしまって、それは物語のなかにいたころの憎しみや恨みや気まぐれのやさしさが引き起こすよろこびなんてものをまとめて消し去ってあいまいな「場の人」に変えてしまう。それは家族物語の幽霊みたいなものだが、そこでついついじぶんも物語を欲望してしまったりする。音楽への欲望や、食事への欲望や、にんげんを構成するにあたってその個々人の「のっぴきならない欲望」というものがあるが、家族への誘惑に人は勝てない。単一個体だったジェイソンが一家になってしまったり、貞子が伽椰子と合体してしまったり、富江が自己増殖を重ねることで擬似家族を構成しあるいは殺し合ったり、物語への誘惑という場から逃れることは出来ない。生活は物語そのものの本流で、皿や冷蔵庫や飲みかけのペットボトルはわたし自身の血や肉の戯画化であり家族の象徴です。家族を毎日捨てながら暮らしている。領土を分け合ったり奪い合ったりしながら、お互いに傷痕をつけようとどうにか画策している。テレビのリモコンを取り合って弟を泣かしたことのある人ならわかると思いますが、あれって泣かしたあとに「これ(リモコン)は本来そこまで欲望してなかったな」と感じてしまうんです。泣かされた方からしたらたまったものじゃないけど。空間に別のテレビ番組があるだけでじぶんの領土が侵されてるなんてあまりにもバカバカしいのにお互いがプライベートである場だから発生する気がする。そんな弟も「場の人」になって先日は家にWiiUしに来てた。秋ですが金木犀の話はしません。銀杏のにおいがきつい。嫌なやつ全員の押し入れに転移してほしい。押し入れの話はやめましょう。