読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

麺類インジ阿頼耶識

 「兄ちゃん、これ開く?」駅前の石作りのベンチの上で友人と座ってたばこを吸っていたら横で座っていた爺さんから唐突に声をかけられた。テカテカ光った好色そうな顔と雑な洋服に少したじろいだが、異臭もしないし安そうなキャリーバッグも汚れてなかったので浮浪者ではないはず。「オイル入れたいんだけど開かなくって」と言うので、差し出されたオイルライターを外そうとしたら存外に固い。ぜんぜん開かない。友人に手渡したところ火打石を中に畳んだら簡単に外れた。そこから、爺さんにどう見ても100円のオイルライターを3000円で売りつけられかけたり、どん兵衛とバットをもらったり、爺さんの昔話を聞いたり、要はいろいろあった。「明日電話するから飲みに行こう、奢ってやるから」と爺さんは言って、おれたちはそこを後にした。電話はまだ来ていない。三日前の話。

 

 しばしば幽霊に逢う。見知った人の後姿だったり横顔だったりにおいだったり身に着けているアクセサリーだったりがちらついたときにそれは現れる。目が悪いから、誰が誰だかよくわからなくて、この間は電車で隣に座った人間の感じでいろんなことを考えた挙句、結局出るときに見るとぜんぜん想像していたのと違ったというのが三連続くらいで起きた。知らず知らずに漫画のキャラクターに誰かをなぞらえるあの行為について、歌われていると思うことについて、あるいはあるいは。それらの目の前に立たされ「ほー」と息を吹きかけられると、魂にあてられて少々つらい。40つらいくらいはある。ぷしゅけーっ。しかし幽霊はなにごとも語らないので、安い中華屋でラーメン啜ってる最中くらいは、なにも聞いたつもりにならなくて楽。(『音は事物のあらゆる顕現を二重化する』とのことですが、二重化されたところの片方が幽霊であるというのは考えるまでもありません。乞食の夢が、おまえの夢が)発語の兆候感じ取るたびおののき以て対峙させられラーメン啜る思い出横丁、想起がひとたび傷口を抉り出せばズルズル鳴って、おれは一人称を失い永遠に三人称たるものとして浮遊させられる。中空に浮かされた麺類の気持ち。あの爺さんが持っていた家族の写真が、いずれも六年前もしくはそれ以上の歳月の隔たりを持っていたことについては口を噤むが、まあ。