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唐揚如来

樹の瘤がからだに移って増えていく夢をずいぶんむかしに見たのを思い出した。保育所のすぐ近くに城跡があって、そこの夢。根本で寝てると瘤がくっついてしまって、かさぶたみたいに掻きむしると灰色にだんだん変わってきて、取れないなあと思っていると目が覚めた。たぶん昼頃で、鳩がポーポー鳴いていて、弟は寝ていて、母親は洗濯物を干していたりする。海沿いの、堤防を少し下ったところに家はあった。家の裏は雑木林で、神社があったように思う。湿気た草と塩水のにおいがする。
幻覚がどうにも嗅覚に特化してきたみたいで、なんにもないところでにおいがするようになってきた。潮だったり飯だったり香水だったり酒だったりする。空腹に耐えかねた脳が代わりのものと言って渡してきているのだろう。必死に棚を開けて、へそくりでも探している。
友人から久々に連絡があったので出てきて酒を一杯だけ飲ませてもらった。元より百円しかないけど、と思って財布をひっくり返すと三十三円だった。記憶をそのまま売り飛ばせたら、というのは世にも奇妙な物語でやってたはずだけど、記憶はいわばひとつの負債なので実際は不適切だと思う。記憶は、ことばと同じように本来「それの存在」ではなくて「それでないものの不在」というものであって、それでも言い切ろうとするときは必ず、ぼくは知らない間に一度口を噤んでいるのだ。軟骨唐揚げを噛み砕きながら(いまだってその感触が残っている)、ビールを口内から排除しているとき、ぼくはありえた記憶という膨大なものに対峙させられる、そう思うと感触はあまりにもさびしくなってくる。黙るほかない。ましてそいつは不在のときにこそ膨らんでいくのだし、たぶんその色は灰色で、潮のにおいがする。