ピーター・ブルック『バトルフィールド』のジャンベがヤバい

 新国立劇場、開演は七時ごろ。初台駅に着いたあたりですでに道ができはじめていて、初めて行ったのだけど新国立美術館と同じようにどうやら地下鉄の駅からそのまま行けるらしい。演劇は高校のときに地元の高校生が文化コンクールみたいなので寺山をやっていたのくらいしか生で見るという機会がなかったのだけど(いま大学の文化祭で演劇サークルの劇を見たのを思い出した)、ピーター・ブルックもやたらお年を召されているのでこれは見なければという必要性が生じた。そもそも、バガヴァッド・ギーター経由でマハーバーラタを知り、ブルックについては「マハーバーラタを九時間ぶっ通しでやったイギリス人のおじさん」という認識しかなかったので、いま衝動買いした公式パンフレットでその軌跡を見ているところ。会場である新国立劇場コルビュジェめいたピロティ構造の、端的に言えばチョーイカす建築物で、地下鉄のエスカレーターから吹き抜けになった地下階と泉が見えるのがアツい。銘打ちのフォントも美しい。入った瞬間に見える階段のなだらかな勾配がすでに舞台そのもののようで、携帯の電池が切れていたのが悔しかった。住みたい。左右の壁の天辺には過去の衣装がガラスケースに収められていて、それも印象に残った。人の入りは、遅くなってから買ったのに整理番号が十八番だったのでガラガラなのではと危惧したがかなりよく、席も九十パーセント近く埋まっていた。席を探して、折しも二日酔いの発作が生じトイレに駆け込む。コンディションは最悪で、チケットを売ろうかと思ったけれど来てよかった。左の席には二十絡みの演劇サークルらしいニューバランス、右にはミニパソコンで書きものしているベージュのパンプス。席は最前列から二番目だった。アガる。

 開演の前に、ベルが鳴って規則的なアナウンス、同時に舞台の背景がだんだん真っ赤になっていくのがわかる。そもそもマハーバーラタは王家の継承権をめぐる血みどろ地獄絵巻を描いた叙事詩で、ブルックの演劇での死はそこからかなり隠喩を経て翻訳されている。いつぞやyoutubeで見たリア王みたいに首チョンパしないし、原作にあるように手足をもぎ取って血で髪の毛を洗う場面でも、スプラッタさせない。でも、その隠喩の繰り返しとミニマリズムからなる想像の余地がすごかった(これについては言及されまくってた)。パンフレットからの孫引きだと「一人の男がなにもない空間を横切る。それを誰かが見ている。そこに演劇における行為の全てがある」とのこと。かっこいい。その意匠を含めて考えるなら、舞台の背景が真っ赤になっていくのはその大地がもはや死者で埋め尽くされているからだ。セリフにも「血で柔らかくなった大地が」うんぬんとあった。ちなみに『バトルフィールド』というタイトルなのに戦場が出てくるのは冒頭と、ビーシュマを看取るそのシーンくらい。この中に出てくる戦場は、記憶に留められたところの、distructionされ尽くされた地平であって、その取り返しの付かないものの後始末についてドゥルヨーダナが悩んだりがんばったりする、というのが主な筋書き。それに挿話が何度も含まれる。

 舞台には体の覆えそうな綿布が数枚、下手にはジャンベと椅子がある。大げさなセットは一切されていない。布はそれぞれ赤、くすんだ茶、黄、などの色で分けられており、生命力や権力、死体や赤子を象徴する。ビーシュマが死ぬ場面で、黄色の布を使ったのはとてもよかった。たとえば僧侶が着る袈裟は、死体から羅生門した衣類が元になっている。やがてビーシュマは全身を黄色の布で覆い(つまりモノとしての肉体になり)、クリシュナの指した方角を見て、ぼくらは彼の魂が天に飛んで行くのを見るのだ。このような想像のなかで行われる劇は何度も現れる。すごい。

 全体を通して言えば、ようやくジャンベのことが書ける、ジャンベがとにかくサイコー。下手に土取利行さんという方が座っていて、この人のジャンベがマジでヤバい。劇中に音楽はジャンベのみで、それでも弦楽器やら環境音やらが聞こえる。気がした。インタビューによるともともと楽器の数はかなりあったようで、それを減らして最終的にジャンベのみに行き着いたとのこと。『バトルフィールド』は土取利行の七十分ジャンベライブとして見てもぜんぜん飽きない。鬼のごときトリルが連打されまくる度に歓声を飛ばしたくなった。特によかったのが山火事のところ、ほんとに山火事が聞こえる、あと終盤のソロ。あれなんかは八十八ヶ所巡礼のライブの時とかもそうなんだけど長いブレイクって拍手のタイミングわかんなくなって白けるみたいなのがあってそこだけが悔しい。ソロ終わって一分くらい静寂。チョーかっこよかったのに。感情の起伏に合わせたフェードインとフェードアウト、役者の演技とジャンベがシンクロして叩かれるのが気持ちよくて始終下手ばっかり見ていた。いちばん冒頭のところでジャンベが鳴った瞬間に「かっこいい!」となるアレ。イントロで持って行ってそのスタイルを七十分失速させずに、しかも内容と調和しながら進行していくのはほんとにすごかった。とにかくジャンベ。とにかくジャンベがヤバい。楽しかった。日曜まで上演中。二十五歳以下は三千五百円。内容についても話したいけど力尽きた。とにかくジャンベ。よかった。