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成田エスプレッソ

黄緑色のトレーに乗った白色オンリーのサラダの群れを見ていると自らの色彩センスのなさに辟易する。しかしこの食堂のサラダは総じてクソ不味くいかに及第点を選び取るかが問題でして、そうなると無難なコールスローやおそらく不味くなりようのないポテトサラダを選ぶ。偏に肉がほしかった肉は旨いんだ肉はというだけの気持ちで飯を咀嚼しているものの、怠け癖が治らず未だにナイフを右手に持っていて、「育ちが悪いんだよ」と言ったら「親に謝れ」と言われた。その通りだと思う。
一人で飯を食っていたら知り合いがいたけれど気付かないようだった。人がわんさかごった返してるなかでもJAPANと刺繍の入った俺の赤いスカジャンはそうとう目立つはずだけど、とうとう幽霊にでもなれたのだろうか。氷を見せしめみたいに噛み砕いて、トレーを棚に戻して、食器を適当に洗っている最中、去年曲がった歯がしくしく痛む。ドッヂボールをしていて顔面で受けようとしたら盛大に地面とバウンドした。砂利が唇を貫通した。その手前ではブランコを「ああ子供時代……ああ子供時代!」とサンテグジュペリでも暗唱しながら漕ぎ楽しんでいたはずなのに、記憶に残っているのは「銀歯にしようぜ」「いやダイヤモンドだな」「ラッパーみてえじゃん」それと抜糸の激痛。痛みで久々に泣いた。病院を抜けて安田講堂近くのクリスマスツリーを見ているとほんとうにどういうことだろうと思った。そのあとはふて腐れて帰ってシコって寝た。八つ当たりとばかりにそのあとしこたま酒を飲んで記憶を飛ばしたら、また地面に歯をぶつけてひたすら叫んでいたらしい。起きたら知らない門松が隣で寝ていた。

「年下が来て自分が年老いたアピールするやつめっちゃ嫌いなんだよ」って友人が言っていた。若さが相対的なものであってほしくない気持ちというのはある。でも金魚の水槽と同じで新陳代謝させないと若くならないのかもしれない。いきものを育てることには向いていなかった。妹の世話だってしたくなかったのに、魚なんか育てられるわけがなかった。金魚は全滅して、メダカは大概南無阿弥陀仏、トイレに流すたびに地獄だものなあとひとりごちているが、そういうときに決まって灰皿をひっくり返す。悲しいことに娯楽でしかなかった。死ぬ間際に水槽の天辺に向かう金魚どもは貧相な言い方をすれば㈱助けて守護月天、気持ちのインフレがQOLと反比例している。魚の水槽に溜まったゴミのことは考えないでハイボールを飲み続けていたら毎日熟柿のにおいがし始めてきた。かつてもいまもこどもであれた試しがない。しわくちゃに生まれてしまった。